ニューヨークとは、アメリカとは、そして日本とは。 マーケティングに関する話や人々の日常生活の中で思ったこと、考えたこと、驚いたことなどを書き留めていきます。
January 30, 2007
クイック・ランチ
以前にも触れましたが、ニューヨーカーは何故か忙しいです。寒さがいよいよ厳しくなってきた真冬でも忙しそうに早足で歩いています。そして、その忙しさはランチの取り方にも表れるでしょう。
写真にある、改造トラックを利用した移動式食べ物屋はニューヨークではいたる所に見られ、「フード・ベンダー」と呼ばれて親しまれてます。この写真はMudtruckと言いイーストビレッジではちょっと有名なコーヒーベンダーです。オレンジ色の車体に目を奪われ、寒さも手伝いついコーヒーを買ってしまいました。その他にも、ビザ屋、タコス屋、西アジアのカレー屋等々、様々な種類のフードベンダーがあり、行列が出来るほど有名になったり、年に一回のコンテストが開かれその味や手際わのよさを競ったりと、すっかり街の人気者となってます。
ニューヨーカーはこうしたベンダーやサラダバーなどでランチを購入し、自分の席に持ち帰って食べたり、暖かい日には公園やパブリックスペースで食べるのが主流といっていいでしょう。さらに忙しい人達(もしくは怠け者達)は電話やWebサイト経由で思い思いの品を注文し出前してもらうことも多々あります。知り合いや仕事関係の人と会うときは、しっかりとレストランを予約し逆にゆったりとランチを取ることで仕事の一部として考えています。急ぎの場合そしてその逆の場合も、ランチに対するこの考え方に僕はすっかり共感しています。今となっては、きまった時間に同僚達と一緒にランチに出かける日本のパターンには違和感だらけとなってしまいました。
January 25, 2007
足場に注意!
高いビルや古いビルがひしめき合うマンハッタンでは、Scaffoldingと呼ばれる「足場」がいたるところに見られます。煉瓦の外壁の修復やビル全体のメンテナンスなどの作業に必須となるからです。通りを歩けば、この足場の下をくぐる機会は必ずあります。
友人からは、「この下を通っていたら上の板が外れて落ちてきて危なかった」、「ペンキが降ってきて洋服を汚された」といったような迷惑ごと、時には訴訟問題にまで発展しそうな被害を受けた話をたまに聞く、マンハッタンに住み、働く人にとっては厄介者の感もあります。
しかしこの「悪者な足場」。若干目線を変えれば、立派なビルボードとしてマネタイズされるのが当然と解釈されているのが昨今のニューヨーク、もしくは米国OOH広告事情と言えます。ビルの建設やメンテが終了すれば、自動的に撤去されるため期限も決めやすく、視線に近い分アイボールを捉えやすい。媒体としては扱いやすい部類に入るのでしょう。
写真はダウンタウンのPuma Store(Sohoの次にオープンされた2件目)です。開店したものの、ビルのメンテナンスで足場が組まれたため、目立たせるよう店舗の存在をビビッドな赤色で表しています。こうした「広告足場」をマンハッタンではたくさん見ることができます。しかし最近、調子に乗りすぎた広告主(代理店)が、交通信号の部分まで張り出している足場に広告を展開し、その結果信号機が見難くなったということで交通法違反として罰金+撤去を命じられたケースも出てしまいました。何でもござれのニューヨークですが、調子に乗りすぎはご法度なのですね。
January 22, 2007
スーパーが面白い
ニューヨークのスーパーにはそれぞれの顔があって、なかなか面白いと常々楽しんでます。セグメント化することが趣味にもなってきている僕は、早速以下の3つのセグメントに分けてみました。
①「庶民派ローカル」スーパー
②「全米チェーン・クオリティ」スーパー
③「ニューヨーク・ハイエンド」スーパー
写真は③に属する Balducci'sでして、演奏会でも行われそうな建物の中に高級食材やお惣菜が所狭しと並べられている店です。
この3つのセグメント、それぞれにマーケティング戦略が異なります。
①の「庶民派ローカル」は、D'AGOSTINO、A&Pなどに代表されるマンハッタン内でも多くの店舗を見かけます。これらは特売品をクーポンと共にちらしにて積極的に展開します。この点では、日本のスーパーの戦略とほぼ同じでしょう。
②の「全米チェーン・クオリティ」は、Whole FoodsやTrader Joe'sのように、オーガニック系食材や、独自ブランドによる健康的な食材の流通を主とし、ストアブランド系の低価格商品から健康的な素材にて若干の高価なアイテムまで幅広く揃えるスーパーです。店舗デザイン、厳選された商品とその配置、従業員の教育を含めた一貫したブランディング戦略を徹底しています。そしてチラシは見たことがありません。
③の「ニューヨーク・ハイエンド」では、写真のBalducci's、Zaber'sなどの高級食材、お惣菜を中心とする店であり、チラシは利用せず、DMなどの1to1ツールにて高いデザイン・クオリティを維持したクリエイティブ勝負のオファーを提供してます。
消費者として、このように選択肢が多いことは好ましいと思ってます。チラシのクーポンを握りしめつつ安い水を買いにA&Pを訪れ、オーガニックのホールグレインパンを探しにWhole Foodsをうろうろし、時にキャビアの入ったサンドイッチをDMのクーポンを利用してBalducci'sで買ったりと、目的に応じて3種類のスーパーを使い分けることが可能だからです。
個人的には②のスーパーに出かける頻度が一番高いのです。同じ食材でも①に行けば安く入手可能なのですが、店の持つ全体的なブランド・イメージ、店員から伝わるエンゲージメント感、しっかり研究された品揃え等々、消費者の欲求や心理をしっかり把握し、価格以外の部分にて企業戦略として実施している店には、顧客に対して安心感を同時に植え付け、その結果ロイヤル層に育てていくのでしょう。私はそのターゲットにすっかりなってしまってます。
January 16, 2007
理解できないのに印象に残った不思議広告
地下鉄の駅構内で本日ひときわ目を引いたのが、写真のポスターでした。カメラの質が悪く残念ですが、明るい色使いと花模様のポスターに、不快な地下鉄のホームでホッと一息させられたのは事実です。
よく見ると、コピーはすべてスペイン語。何を言っているのか全くわかりません。ニューヨークに限らず米国では、スペイン語を話すヒスパニック層は消費者セグメントとしては無視できない存在であり、専門のメディア、コンテンツ、広告等と日々何のためらいもなく接しているのが普通です。スペイン語の広告の場合、そのコンテキスト、クリエイティブ、ロゴ等から広告主は誰で何を対象としているかはおおよそ判別可能なのが普通でした。しかし、このポスターだけはさっぱり予想もつかず、それ故僕の好奇心を十分くすぐってくれたのです。
結果からお話しすると、この広告では「HIVの検査をしましょう」というメッセージということが、Googleを駆使した結果わかりました。たとえ公共広告というカテゴリーとはいえ、商品やロゴもないクリエイティブにて、しかも母国語(この場合は英語)でない言語で堂々と掲載してしまう。この大胆さには驚きました。とはいえ、言葉を理解できない僕の興味を引き出したのもクリエイティブの力だということも、改めて認識させらました。デジタル一色の最近、とかくROIやメディアミックス等々の新しモノコトを追っかけていた自分にとって、久々に原点に立ち返った一瞬は実は貴重なのかもしれません。
January 11, 2007
「美しい国」を造るのは誰?
年末年始は日本に滞在しました。家族や親族達と会えたことは大変よかったのですが、テレビなどのメディアと接しながら次第に居心地が悪くなりつつニューヨークに帰ってきました。さて、何があったのか。
安倍首相が掲げる「美しい国」というテーマは単純に好きです。正月名物の富士山や歴史建造物などの美しさ、歴史と伝統を伝えていこうという心の美しさ等々、世界の中でも誇れる点は多くあると思ってます。ところが日本で耳にした様々な悲しい出来事は、「美しい国」とはかけ離れた現状をさらけだしていたと感じました。
夕張市を代表する自治体の破綻、教育現場の混沌、蔓延するいじめなど、哀しみ、怒り、時にあきらめを感じさせらる話をメディアを通じて知りました。特定テーマを取り上げ数名のコメンテーターによって評論する形式が日本では流行っているようですが、僕にとってこの形式そのものが「いじめ」を象徴しているように思えたのです。つまりテーマの当事者を非難・批評しているだけで、「なぜ」こうなるのかといった根本的な議論が欠けているからでしょう。
日本で騒がれているこれらの問題の根っこには、官僚が頂点にある「いじめ」構造にあると僕には思えてなりません。「日本を造り動かしているのは私達です。私達は日本で最も頭脳明晰で日本のことを一番考え、日々激務をこなしています。よって皆さんは私達の言うことに従うだけでいいのです」という官僚の姿勢。そして「ご指導を忠実にこなすよう励ませていただきます」という自治体や民間企業の逃げ場のない立場。この一方通行的なリレーションが日本社会の歯車を狂わせているのでは?と思い始めたら妙に居心地が悪くなってきたわけです。
生活者の視点において、米国ではこうした不快感はありません。まず、優秀といわれる学校の卒業生で官僚志望はほぼ皆無。日々の生活においても民間、自治体、生活者の影響力が強く、官僚によるパワーハラスメントを垣間見て嫌な気分になることも滅多にありません。国家レベルでは大統領主導の「イラク戦争」は大変頭の痛いことなのですが。。。そして日本。「美しい国」を造るのは一体誰なのか。それは一部の官僚ではなく、やはり国民一人一人ではないでしょうか。
Subscribe to:
Posts (Atom)